ブックタイトル秋吉台国際芸術村 Akiyoshidai International Art Village レジデンス・サポート・プログラム Residence Support Program

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概要

秋吉台国際芸術村 Akiyoshidai International Art Village レジデンス・サポート・プログラム Residence Support Program

6秋吉台国際芸術村レジデンス・サポート・プログラムtrans_2015-2016 秋吉台国際芸術村は1998年の開村以来、アーティスト・イン・レジデンスを主要な事業として行っており、現在まで150人を超えるアーティストを様々な形でサポートしてきた。本年度で17回目を迎えるレジデンス・サポート・プログラム「trans_2015-2016」では、公募により選出されたアーティスト3名と、海外協定機関から推薦を受けたアーティスト3名の計6名を招聘。55日間の滞在を通して、それぞれが独自の創作活動に取り組んだ。 公募には、63の国・地域から299件の応募があり、山口県立美術館副館長の斎藤郁夫氏、独立行政法人国際交流基金コミュニケーションセンター、プログラム・コーディネーターの菅野幸子氏、美祢市立嘉万小学校校長の久保田尚氏、秋芳国際交流協会事務局長の山中佳子氏、以上4名の選考委員により「芸術性」「将来性」「地域親和性」「テーマとの整合性」の4つの観点から審査が行われ、ハンガリー、フランス、日本の3ヵ国から3名のアーティストが選出された。海外協定機関からの推薦枠では、キョンギ・クリエーション・センター(韓国)、台北國際藝術村(台湾)、フィンランドセンター(フィンランド)のディレクターやキュレーターより推薦を受けた3名のアーティストが選出された。 本年度は昨年に引き続き「この土地の魅力」という制作テーマを設けた。周辺地域の人々とアーティストが密接に関わり、地域に根ざした作品を制作してほしいという狙いからである。今回レジデンスを行った6名のアーティストたちは事前に秋吉台周辺地域について調査しており、来村後は積極的に地域に出て地域住民を取材し、それぞれの感じた「この土地の魅力」を見つけながら、プロジェクトを進めていった。 タマシュ・スベットは、「光」と「影」を用いることで、我々日本人が忘れかけている古き良き日本の文化を再認識させる。「影を保つこと」という作品の中で、壁に投影された強い光に隠されたこの土地にまつわるイメージは、鑑賞者の介入を受けて始めてその姿を露にする。鑑賞者が光の中に介入し影を作り出すことで、彼らの存在そのものが、「この土地の魅力」を描き出しているというのだ。谷崎潤一郎の小説「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」に影響を受けるタマシュにとって、影は過去や記憶、伝統や文化を象徴する。障子の紙で作られた柔らかいランプは、光の強い現代の蛍光灯に代わり、お月見はもはや楽しめたものではない。タマシュの作品は、現代の日本人が失いかけている良質な「影」のあり方を、執拗に提示しているのではないか。 自然の中にある様々な「境界」に挑戦するため、ドナルド・アバドは芸術家としてのキャリアの早期において、自らのスタジオを捨てた。彼の以前の作品である「私はローデン・クレーターを所有しなかった」の中で、ドナルドは進入禁止とされている死火山口への到達という自身の夢をかなえるため、様々な方法を試みた。自然に対する大胆な行動を通して、ドキュメンタリーとフィクションの「境界」を模索する点において、ドイツ人映画監督のヴェルナー・ヘルツォークを彷彿とさせる。無論、秋吉台の大自然はドナルドの創作において絶好の機会であった。大自然と人間である彼自身の対峙、秋吉台と秋芳洞の縦軸と横軸の関係性、屋内と屋外など、様々な「境界」を掘り下げていった。自然との対峙の末、「拡張現実」を用いて制作された彼の作品の中で、鑑賞者は自ら秋吉台に仮想現実を合成し、リアルタイムに仮想空間を経験する。 カルスト台地や鍾乳洞の地形的特徴に関するリサーチを進めてきた山田哲平が発見したのは、水や石灰石とともに、長年にわたりこの土地に生きてきた人々の「生活」だった。3億年以上前の海の記憶を持つカルスト台地や、雨の浸食により形成された400を超える特異な鍾乳洞が彼にとって魅力的な一方、その地域に生きる人々の生活こそが、自身の創作の重要な要素になると信じ、山田は周辺地域に住む人々のリサーチを押し進めた。地元住民の話を丁寧に聞いて回り、彼らの音と周辺地域の水の音を丁寧に拾い集め、時空を超えて繋がる全体としての秋吉台を、再構築した。