ブックタイトル秋吉台国際芸術村 Akiyoshidai International Art Village レジデンス・サポート・プログラム 2017-2018

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概要

秋吉台国際芸術村 Akiyoshidai International Art Village レジデンス・サポート・プログラム 2017-2018

7が残るケント紙に黒のマジックインキで一枚に一人ずつ、県民の姿を多数描いたもので、敢えて例えるなら秋芳洞にある百枚皿のような層状の流れをイメージさせるような立体的、インスタレーション展示となっていた。秋芳洞の石の立体的構成と山口の人々の日々の生活のイメージを作品として止揚する稀有なインスタレーションである。人の生活様式や年月をかけて変化している自然の形象のイメージは、悠久の時間やその隔たりについて思いを馳せさせる。 本年のフィンランドからのアーティストはカトリ・ナウッカリネン(Katri Naukkarinen) であった。彼女は大学で写真哲学及び写真を学び、写真をベースとするアーティストであるが、今回の彼女のアプローチは写真作品そのものではなく、素粒子のような物質的なものから、絡んだ蔓(かずら)のように象徴的なものまで、周辺環境の中の見えない層をリサーチすることだった。今回彼女が提示したのは写真などの二次的な映像ではなく、“霧が充満したガラスの箱”( 霧箱*1) を中心に、様々な断片化された物質が暗い空間の中に配置してあるインスタレーションだった。観客はこの霧箱が何なのか説明されず、クリップメモと筆記用具が手渡され、それぞれの感想を記入し壁面にそれを残す趣向になっていた。この霧箱について、理系の素粒子関係の知識がある人であればすぐに想像がつくかもしれないが、事前の知識がなければ相当、摩訶不可思議でドラマチックな現象に見えるに違いない。通常人の網膜に映らない自然現象の層に意識を馳せること、自然の不可思議で奥深い空間における事象について考えることは、アンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』*2 の映像を見たときの感覚にも似たものを感じた。 ポーランドのクラクフを拠点に活動するエヴァ・ウェソロフスカ(Ewa Weso?owska)は彫刻家として研鑽を積んだ後、伝統工芸と新しい科学技術を融合するような作品の制作に取り組んでいる。今回の作品についてもアインシュタインの相対性理論に言及するなど科学的な知見を作品のコンセプトに強く反映させていた。“秋吉台では「この土地の未来」に対する答えを示すのではなく、異なる目標や可能性を引きだすような提示をしたい”と語っていた。完成した作品は一定の間隔で鳴る時計の音や観光地としての洞窟、採掘場などの映像。インタラクティブな仕掛けの洞窟の映像などがあった。 一様な理解や解釈を拒むような構造を持っており、それゆえ、何か違う答えや目的があるのではないかと考えさせられるような作品に仕上がっていた。個々の作品には時間の事象に関する考察が秘められていた。連続して設置されたブラウン管テレビに映る映像は作家がAIAV に滞在したリサーチの時間的な経過を観客が追体験する意図もあるように思えた。暗い部屋の中で、秋芳洞の内部を映し出した映像は、真夏の道路のアスファルトに映る逃げ水のように、近づくと縮小し逃げてゆくこの作品には、実は素粒子の軌跡を顕にする霧箱へのリファレンスがあるらしく、先述のカトリの作品にも使われた霧箱が両作家の作品内に実物として、あるいはリファレンスとして登場する奇遇さを面白く感じた。 今回のプログラムで私が強く感じたことは、それぞれの作家が持つ作品の魅力と同時にこのプログラムに参加した複数アーティスト及び関わったスタッフ、ボランティア、地域住民、サポートを厭わない企業など、それぞれの人や組織、また、潤沢な自然環境や長らく続いてきた慣習なども含む地域文化のようなものがいい具合に化学反応を起こして、アーティストの作品に反映されているように感じられたことだ。 “この土地の未来”という問いに対し、率直な答えはないが、なんとも芳醇な示唆に飛んだ作品群であると言えるのではないだろうか。一際寒い極寒の今年の冬を乗り越え、制作やリサーチに明け暮れたアーティスト達を讃えると共に、彼らをサポートしてくださった全ての皆様に感謝の気持ちを贈りたい。山口大学教育学部教授/N3 ART Lab 代表/ 美術家中野良寿*1: 英語ではcloud chamber、スコットランドの物理学者Charles T.R. Wilson による。蒸気の凝結作業を用い、放射線の飛跡を可視化することができる装置。*2: モスフィルム製作の映画1972 年。 " 未知なるもの" と遭遇した主人公が、極限状況に置かれ、妻の虚像を巡って苦悩する。人間の内面に光をあてるストーリーで道徳・哲学に関する問題を提起した。原作はポーランドのスタニスワフ・レムのSF 小説「ソラリスの陽のもとに」。